←戻る

陰律無情

日本語 · 原書
設定
読書設定
18
版を読み込み中…

本文

本文
目次

放蕩息子が軽はずみに振る舞えば、誰が菜や飯を供えよう。

軽薄な若者が放蕩して淫を好めば、多くは子孫が絶えてしまう。誕生日や年中行事の折に、誰が菜や飯を供えに来るだろうか、という意味である。

ここに言い及び、思い至れば、悲しまずにいられようか。

『言』は話すこと、『念』は思うことである。帝君もここまで語り、ここまで思いを巡らせると、人々のために大いに悲しまれる。

さらには苦労して働く農家の者までも、身を軽佻にする。

『田家』とは農耕に従事する家である。『佻達』は軽薄で、労苦に耐えられないという意味だ。学問をする者だけでなく、農家の若者も軽薄な習性を身につけ、体を使って苦労しようとしなくなることをいう。

親に孝を尽くし、年長者を敬おうとせず、かえって穴をうがち、塀を越える。

『思わず』とは考えないこと、『親』は父母、『長』は年長者、『穴』は孔を意味する。『穴をうがつ』とは、壁に大きな穴や小さな孔を開け、隣家の女性をのぞき見ることである。『踰』は越えることをいう。さらには塀を乗り越え、他人の家の女性と淫事を行う者もいる。軽薄な若者が孝悌を重んじず、かえって奸淫や盗み、邪淫を行うことをいう。

南の田も東の畑も、枯れ果てる。

『南畝』は南側の田、『東郊』は東側の畑、『変』は変わることである。『枯槁』は、作物の苗が枯れて死ぬことを意味する。どこの苗も、草を取り、肥料を施す人がいなくなるため、初めは盛んに育っていても、やがて乾いて枯死するという意味である。92

読み込み中…

出典と版