二人で喜び楽しみ、目先の快楽ばかりを求める。
『歓』は喜び、『娯』は楽しみ、『快活』は安楽を意味する。男女が密通して淫事を遂げ、二人で喜び楽しむものの、目先の安楽しか知らず、その後の破滅をまったく顧みないという意味である。
半生は落ちぶれ、死後の衰亡を知るよしもない。
『半生』は一生の半ば、『潦倒』は物事がうまく運ばないこと、『傾』は破れ、『頽』は落ちることである。淫を好む人は、しばしば身を滅ぼし、名誉を失う。生前の半生がすでに順調でないばかりか、死後には子孫も必ず家を失い、人も亡びるという意味である。
祭祀の香煙が絶えるか、さもなくば乞食に落ちぶれる。
子孫は年長者の香炉を支える脚のようなもので、子孫が絶えることは、祭祀の香煙が絶えることである。食糧や食べ物を乞う者を乞食という。淫を好む者に子孫がいても、その子孫は必ず乞食に落ちぶれる。
妻や娘が償うか、さもなくば子孫が落ちぶれる。
『酬償』とは負債を返すことである。淫を好む人の妻と娘は、必ず本人に代わって淫の負債を返し、他人から奸淫されることを甘んじて受けるという意味である。『落魄』とは、時勢と運が衰え、何事も破綻して、魂を失い、肝をつぶすようになることをいう。
孤独な墓の野鬼に、誰が紙銭を焼こう。
人が死ねば鬼となり、土を盛って墓とする。淫を好む者が他郷で死に、荒れた山に葬られて、孤独な墓の野鬼となったなら、いったい誰が紙銭を焼き、供えの紙を掛けに来るだろうか。