なぜこれを戒めの鏡とし、素朴さに立ち返り、真の道へ帰らないのか。
「鑑」は鏡、「朴」は純朴さ、「真」は正しい道である。あなたたちは、なぜこのような人々を自らを映す鏡とし、純朴さに立ち返って正しい道へ帰らないのか、という意味である。
この薬石となる言葉も、規準として尊重すべきである。
「薬石」は病気を治すための物品。「準縄」は、職人が水平や直線を確かめるために用いる道具である。この『戒淫経』は一句一句がよい言葉であり、人の淫らな行いを好む心の病を治すことができる。その働きは、水平や直線を示す道具にも似ている、という意味である。
一字一字が珠玉である。どうして高い楼閣にしまい込んだままにしてよいだろうか。
「珠璣」は真珠や瑪瑙のような、きわめて貴重な物。「置」はしまっておくこと。「高閣」は高く大きな空き楼閣で、用事がなければ誰も足を運ばない所である。この『戒淫経』は一字一字が珠玉のように貴く、心身に役立つ。どうして無用な物と見なして空き楼閣にしまい込み、口に唱えることも、心で思い巡らすこともしないでよいだろうか。
私も不才ながら、壇に臨んで教えを残し、迷う人を目覚めさせる。
「垂」は残すことである。帝君は言う。「私には才学がないが、今、鸞壇に来てこの『戒淫経』を書き残し、世の人に教えを示すのは、ただこのよい言葉によって、天下で女性の色香に迷っている人を目覚めさせ、一刻も早く正しい道へ引き返させたいからである。」
これを身につけ、心に刻む人がいれば、私はその福を増し、寿命を延ばそう。
身につけて携えることを「佩服」、心にしっかり記すことを「志心」という。『戒淫経』を身につけ、心に慎んで記し、いつも離れずにいる人がいれば、私はその人を守り、福と智慧を増し、その寿命を延ばそう、という意味である。