孝は百行に先立つ。
父母によく仕えることを孝という。孝は従順の徳であり、親に仕え、親に従い、すべてにおいてその意を承け、喜ばせることをいう。『百行』とは、さまざまな善事を行うことを指す。『先』とは、まずこれを行うべきだということである。人としてこの世に生きる以上、まず孝順を行って父母の労苦に報い、そのほかのなすべき善事は、すべて孝の後に置いてよいという意味だ。孔子の『孝経』には、五刑に属する罪は三千あっても、不孝より大きな罪はないとある。これにより、孝を行えば功徳が極めて大きく、不孝であれば罪悪が極めて大きいと分かる。『論語』の学而第一篇でも、孝悌が人としての根本であると述べる。仙仏の教訓も、第一条は孝悌を厚くして人倫を重んずることである。いずれも、千の経、万の典が孝悌を第一とすることの明証である。
人を淫する者は、その三代を殺す。91
妻や娘が人から性的に侵害されることは、人間界で第一の不名誉な事柄とされる。原文の「三世」とは三代の人々を指す。他人を性的に侵害する者は、上にはその先祖を冥府で恥じ入らせ、中には父や兄、夫を人に顔向けできなくさせ、下には息子や娘の身を立てる道を閉ざす。このように人の名誉と貞節を損ない、その祖父から子孫、宗族まで一斉に侮辱と恥辱を受けさせることは、罪悪が極まり、実に殺人の罪よりも甚だしいというのである。
ひとたび露見すれば、醜態はあまねく伝わる。
『露見』とは、密通の事実が人に調べられて明るみに出ることである。『醜態』は悪い評判をいう。『あまねく伝わる』とは、例えば新聞に載ると、各地、各郷で人々がそのことを伝え、各県、各市でも人々がそのことを伝えるという意味である。
父は娘と認めず、夫は妻と認めず、子は母と認めず。
女性が淫を犯せば、その父、夫、子はすでに恥辱を受け、人に顔向けできなくなる。隠しきれないことを恐れるばかりで、誰が進んで娘、妻、母だと認めようとするだろうか。
ついには刃が首にかかり、男女ともに亡ぶ。
人の妻や娘と淫事を行い、それが人に知られると、しばしば殺人事件へ発展し、関係を持った男女が、そのために命を落とすこともある。