謹んで考察するに、地獄で劫を経るとは、一劫ごとに一つの地獄で刑罰の苦しみを一度受けることである。陰司で罪を受けることは、人間界の場合とは異なる。一度の刑罰でその身が死んでも、必ず再び人の形に戻され、前と同じように刑戮を受ける。定められた劫を経終えて初めて、その罪が終わる。さらにほかの罪があれば、その罪に従い、また地獄の刑罰を受けさせられる。かつて『洞冥記』で、淫の罪業を犯した者について詳しい記述を見た。生前に悔い改めて善に向かえば、死後にはおのずと相殺、減罪されるが、死ぬまで改めなければ、死後、一つの殿から各殿へ護送され、誅心獄、銅人獄、割腎獄、鼠噛み、油釜、車崩など、大小の地獄で刑を受けなければならない。近親相姦の場合は、さらにそのための地獄などへ入る。あるいは永く地獄に閉じ込められ、さまざまな刑罰を受ける。淫の罪業に対する刑罰の中でも、近親相姦の罪が特に重いからである。以上の地獄では、それぞれ所定の劫を受け、満了して初めて転劫できる。転劫とは、一度生まれ変わることを一劫とするものである。また『金科輯要』『輪科輯要』の二書にも、善を賞し悪を罰する各条が詳しく列挙されている。この冥律の諸条にも、軽減、免除、加重、相殺の差があり、善悪の区別が明らかで、微塵も違わないことが分かる。『金』『輪』の二科と『洞冥記』を併せて参照すれば、因果応報はますます信じられ、確かな裏づけを持つものとなる。90
謹んで考察するに、『金科輯要』は、清の咸豊六年、文昌帝君が湖南省醴陵県の擂鼓橋誠尽林に降臨された際のものである。この科はもともと上帝が定め、玉の箱に秘蔵されていたが、文帝が玉旨を懇願し、人の世に頒布され、天律を明らかにした。これは陽律とも呼ばれ、民の悪を罰し、災厄を下してその心を懲らしめる。清の光緒三年、文武二帝が懇願して玉帝の許可を得た後、『輪科』を頒布し、陰律を明らかにした。人の罪を調べ、地獄によってその魂を懲らしめるものである。さらに諸仙が述べ、取りまとめ、『金科』に尽くされていないことについては、この書がその旨を続けて伝えた。飛鸞によって原稿が整えられ、広く人間界に示された。
関聖帝君戒淫経注解
自序
社会の潮流は日ごとに異常な方向へ進み、中でも淫の風潮が盛んである。男女の交際が公然となり、家庭を持つ男性はとかく浮気を好み、自ら風流を気取る。女性も婚外の関係を持ち、自分を高尚だと誇る。若い男女は西洋の風潮に染まり、色情の書刊を好んで読んでは心が揺れ、愛欲を描く映画や芝居を好んで見ては心を奪われる。情を抑えられず、一線を越えた話が相次ぎ、結ばれなくなると悲劇が繰り返される。なんと不幸なことか。神聖な人倫が、獣の欲望へと落ちぶれている。さらに多くの不心得者が女性を辱め、無実の者を性的に侵害しており、その罪は許されない。地獄には色欲にふける鬼が最も多い。犯した者は、厳しく自省して立ち返らずにいられようか。
また街路や繁華街を見れば、さまざまな色情産業が林立し、公然と営業するものもあれば、陰で人を欲楽に溺れさせるものもある。官が厳禁しても、業者はさらに悪知恵を働かせ、利欲に心を曇らせて、あえて法を犯す。好色の徒はまた、群れをなしてそこへ向かい、入り浸って帰ることを忘れ、金を費やし、体を傷つけることもいとわない。不幸にも悪い病をうつされて後々まで災いを残し、子孫まで巻き添えにして、そのため夫婦の仲が乱れ、家庭が壊れる例は多い。報道は絶えず、醜聞が次々に続き、風紀を乱す事件は数えきれない。さらには人命に関わる事件を招き、あるいは常軌を逸した恋愛によって殺されることさえある。淫欲が人に及ぼす害は、洪水や猛獣よりも甚だしい。その一端は、これらからも分かる。古くから『万悪の筆頭は淫、死へ向かう道を歩んではならぬ』と言われる。信じずにいられようか。
帝君曰く。
帝君は言う。
淫は万悪の首なり。
娼妓を買い、ともに泊まることは淫であり、他家の女性と不義の関係を結ぶことも淫である。『万悪』とは、あらゆる悪事を指す。『首』は第一と見る。世の悪事はさまざまであっても、人の妻や娘と淫事を行い、その名誉と貞節を損なうことが、第一の大悪だという意味である。