遺体をさらし、骨をあらわにし、辱めは宗族や親族に及ぶ。
殺人事件が起こり、人が死ねば、必ず官府を呼んで検視を受けなければならない。どうして遺体や骨をさらさずに済もうか。どの一族の者が奸淫を犯して殺されたのか、と他人に尋ねられれば、その宗族や親戚も人に顔向けできなくなる。
いずこの家の女かと問えば、教えをまるで受けていない。いずこの氏の男かと問えば、まさしく馬牛に等しい。
『教えを受けていない』とは、家庭教育がないことである。『馬牛に等しい』とは、牛馬などの畜生と同じで、礼義を知らず、恥を知らないことだ。誰の家の娘か、どの氏の男かと他人に尋ねられれば、一家、一族の誰もが恥じ入る。
あるいは芍薬を贈り、蘭を摘み、二人の情はいよいよ密となる。
芍薬の花を摘み、あるいは蘭の花を採って、ひそかに恋人へ贈る。事をきわめて綿密に運び、人に知られないようにする。
ついには自分の夫を薬で毒し、死罪と裁かれる。
不義を犯す妻が相手の男と長く愛し合おうとすれば、ひそかに毒薬を買って自分の夫を毒殺することになる。ひとたび罪の証拠が告発されれば、官府は必ず定めに従って厳しく処断し、極刑に処して、淫乱の罪を懲らしめる。
極刑の判決が定まり、魂は散り、魄は消える。
人を殺せば命をもって償い、淫の罪は許されない。裁判官が審理して死罪を確定し、判決を下して死刑を宣告すると、そのときには誰もが魂魄を散らし、生まれ変わることも難しくなる。