一つの思いを誤れば、生涯をかけても償えない。
「差」とは、誤ることである。「贖」とは、物を買い戻すこと。「終身」とは、一生のことである。初めに一つの誤った思いを起こして邪淫を犯したために、一生をかけても以前の過ちを償い、地獄の悪い報いから逃れることができなくなる、ということである。
そのような者は、この思いにどうして耐えられようか。
「彼其之子」とは、その人を指す。このような色情にふける者がこの時に至って、どうして気持ちの整理をつけられようか。心から悔いたとしても、どうして取り返せようか、ということである。
憎むべきは、各地を渡って商いをし、金を土のように使い散らす者である。
「貿易」とは、商売をすることである。最も憎むべきは、三江五湖の各地で商売をする者が邪淫を好み、不義の関係を持ったり娼妓のもとへ通ったりして、金銀を汚物や土と同じように使い散らすことである、という意味である。
娼妓を抱き寄せてたわむれ、夜が長いか短いかなど気にもしない。
「妓」とは、売春をする女性である。腕で娼妓を抱き寄せ、酒を飲み、笑い楽しむことでみだらな情をかき立てる。昼も夜もそこに入り浸って帰らず、夜の長短を気に掛ける暇もない、ということである。
風に揺れる花に心を奪われて快楽をむさぼり、月が沈み、烏が鳴くこともすっかり忘れる。
「恋」とは、執着して離れられないことである。「風花」とは風の中の花で、その揺れる姿が人を惑わせ、邪淫をむさぼる心を起こさせるもの。月が沈み、烏が鳴くのは、夜が明けようとする頃である。男女の情事にふけることしか知らず、娼妓への執着を楽しみとして、夜が明けようとしていることも忘れ、なお別れようとしない、ということである。