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陰律無情

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家や近隣の人々と長く別れ、手紙もめったに送らない。遠方に長くとどまり、便りもなかなか届かない。

「魚書」とは、古人が魚の腹に入れて手紙を届けた故事に由来する。「雁信」とは、家への手紙を雁の足に結び付けて故郷へ届けたという、漢代の蘇武にまつわる故事である。遠い異郷で商売をしながら娼妓に迷い、どれほど日月が過ぎたかも気に掛けず、家へ手紙も送らない、ということである。

生来の腎水が衰え、薬を飲んでも薬は効かない。病になってから悔やみ、神に願っても霊験はない。

生まれながらに備わる腎水や精髄が、邪淫や色欲にふけることで使い尽くされれば、必ず姿はやせ衰え、治らない病となり、薬を飲んでも効かなくなる。この時になって初めて悔やんでも、たとえ神に願いをかけ、誓いを立てたところで無駄なのである。

遠い異郷で泣いても、誰が見舞いに来るだろうか。

「天涯」とは、天の果てのように遠い所、というほどの意味である。「顧盼」とは、人が様子を見に来ること。この時にはすでに病を患い、遠い異郷で涙を流して泣いたところで、誰があなたを見舞いに来るだろうか、ということである。

死んでは他郷の亡霊となり、いつまでも異郷の魂としてとどまる。

他郷の見知らぬ土地で死んだ以上、その魂も亡霊も、必ず異郷に長くとどまり、帰って来ない。「域」もまた、土地のことである。

千里の山河を隔て、誰がその枯れ骨を哀れむだろう。荒れ草の茂る塚一つ、親戚も友人も見いだせない。

枯れた一体の骨が千里の彼方に葬られて、誰がそれを哀れみ、故郷へ送り返してくれるだろうか。その墓には青い草がひとむら茂っているだけである。親戚も友人も訪ねて来ないのなら、誰に哀れんでもらい、紙銭を焼き、供えの紙を掛け、牛や馬が墓を踏み荒らすのを防いでもらえるだろうか。「覓」とは、探し求めることである。

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