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陰律無情

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夏の桀は道に背き、妹喜を寵愛して国を滅ぼした。商の紂は仁を欠き、妲己を愛して国家を破壊した。

「夏桀」とは、夏王朝の桀王である。妹喜は桀王の妃。「商紂」とは、商王朝の紂王であり、妲己は紂王の妃である。「江山」も「社稷」も、天下の別名である。桀も紂も、女色に迷いふけったために天下を失った、ということである。

斉の荘公は棠姜のために命を失い、その惨めさは言葉にできない。陳の霊公は夏氏のために身を滅ぼし、その醜聞は聞くに堪えない。

荘公は斉国の君主である。棠姜は、斉の臣下である棠公の妻。斉の荘公は棠姜と不義の関係を持ったために殺された。霊公は陳国の君主である。夏氏は、陳の臣下である夏徴舒の母。陳の霊公は夏氏と不義の関係を持ったために殺された。そのありさまは惨めで、残した悪名も醜く、いずれも聞くに堪えない。

ほかにも『新台』『牆茨』、濮水のほとりの桑間がある。それらの詩を読めば、誰もが鳥獣同然だと非難する。

『邶風』の「新台」という詩は、衛の宣公が父でありながら息子の嫁を自分の妻として迎えたことを風刺している。『鄘風』の「牆茨」という詩は、公子頭が国母と不義の関係を持ったことを風刺している。また、衛国の濮水のほとりに桑間という土地があり、その風俗は乱れ、礼義を知らず、実に鳥獣と変わらなかった。そのため、これらの詩を読む者は、誰もがその行いを鳥獣同然だと非難するのである。93

過去の出来事を振り返れば、実にこのようなところにまで至っている。

「往事」とは、先に挙げた桀・紂、斉・陳に関する過去の出来事を指す。邪淫を好むことによって、その行いが鳥獣同然にまでなった様子は、いずれも振り返って思い描ける、ということである。

また、私が漢王朝に仕えていた時の、ささやかなこの心の潔白は明らかにできる。

帝君はこう述べる。「私は漢の臣として、ひたすら漢王朝を支え、助けようとした。私の胸の内は、その一寸一分に至るまで、天下に明らかにできないものは何一つない。」

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