そうすれば、天を覆うほどの罪も、一たび悔い改めれば消え去る。
「弥天」は天いっぱいに満ちることである。たとえ天を満たすほどの大罪があっても、進んで過ちを悔い、新たにやり直そうとするなら、罪の記録を消すことができる、という意味である。
困難を恐れて目先の安楽に甘んじれば、罪は一日また一日と深くなる。その味を知って手放せず、今年すべきことを来年へと延ばす。
過ちを改めることを難しいと考え、目先の安楽に甘んじて日を過ごせば、その罪は必ず日ごとに深まる。色欲にはたいした面白みもないとすでに分かっていながら、それでも捨てようとしない。人から今年のうちに早く悔い改めるよう勧められても、わざわざ「来年まで待ってからにする」と言うのである。95
幾度くじかれても心を翻さず、生きている限りやめようとしない。棺に永遠にふたをされ、死んで初めてやむのである。
淫らな行いを好む者は、どれほど多くの挫折に遭っても心を改めようとせず、なお色欲に執着し、迷い続ける。死期が訪れて棺に永遠にふたをされるのでなければ、どうしてやめようとするだろうか。「長蓋」は、永遠に棺の中に閉ざされ、再び生き返ることができないという意味である。
悪名は永く伝わり、千年にわたって人の話の種となる。
「悪名」は悪い評判、汚名であり、「話柄」は人の話の種となる事柄である。その悪名が、絶えず流れる水のように、ますます遠くまで伝わっていくことを述べている。「千古」は千年を意味する。
悪事の跡は隠し難く、四方に「美談」として語り広められる。96
「悪跡」は淫らで悪い行いの事実、「難掩」は隠し覆うことが難しいという意味である。東西南北の人々がみな、その淫らな悪事を格好のニュースとして扱い、絶えず話題にすることを述べている。