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陰律無情

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生まれた子が父の賢徳を継がないなら、子孫がいないほうがまだ気が晴れる。

生まれた子が父のような賢徳を持たず、そのような不肖の子がただ淫欲と色をむさぼり、先祖の徳を傷つけ、しばしば人を心配させたり腹立たせたりするなら、そのような子孫はいないほうが、かえって気が晴れる、という意味である。

しかし、川の流れは変わっても、本性は変え難い。

「本性」は生まれつきの習性、「難移」は変えることが難しいという意味である。大きな川でさえ流れの変わる時があるのに、この生まれつきの悪い性質だけは変え難い、ということを述べている。

酒が人を酔わせるのではなく、人が自ら酔うのである。色が人を惑わせるのではなく、人が自ら惑うのである。

酒は壺の中にあるだけでは、人を酔わせることはできない。人が自分で酒を好み、むやみに杯を重ねて酔うのだから、自ら酔ったのでなくて何だろうか。よその美しい女性は、もともと人につきまとって惑わせに来たわけではない。人が自分で色を好み、淫欲をむさぼって女性を誘惑し、自ら惑わされに行くのだから、自ら惑ったのでなくて何だろうか。

私も姿を現して法を説く。あなたたちが古い過ちを改め、心を入れ替えて新たに歩むことを願う。

帝君は言う。「私が今、姿を現して法の言葉を説くのは、ただあなたたち民衆が淫らな行いを好む昔からの態度を改め、自らの徳を新たにして、心を改めた民となることを願うからである。」

聖なる教えに従って行うなら、私はあなたが箕疇の五福に恵まれるよう守ろう。

帝君は言う。「人がこの経によって他人を戒め、あるいは自分自身がこの経に従って行うなら、私はその人が箕疇の五福を享受できるよう守ろう。」箕疇とは、箕子が説いた『洪範九疇』のことである。五福とは、一に長寿、二に富、三に健康と安寧、四に徳を好むこと、五に天寿を全うすることである。

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