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《阴律无情》

日本語 · 原书正文
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現世の者は、運命を占うことによって、生死簿に記録された事柄を知ることができる。占い師は、その人の正確な生辰八字59さえあれば、一生の吉凶禍福を割り出せるが、割り出すことができるだけで、変えることはできない。現世では至る所で、運命や金運、結婚、仕事などを変えられると称しているが、その大半は、金をかき集めようとする商売の手口の一つだ。多くの人は、占い師が相談者の過去の出来事や家族の人数などを正確に言い当てると、驚き、優れた力を持つ人に出会ったと思ってしまう。術数に精通していて割り出せる占い師も一部にはいるが、実際には、占い師に霊体が憑いている場合が多い。

霊体には他心通などの神通力があり、占われる者の心の思いや考え、過去の出来事の一部を知ることができる。ところが、現世の者にはまったく見分けがつかず、それどころか優れた力を持つ人に出会えたと喜び、占い師の言いなりになってしまう。その後、運勢の改善、人間関係の向上、仕事運・縁結びの運・健康運の向上、風水の陣を組むことなど、いわゆる運命全体を向上させるための一連の施策が始まる。大金を使い、時間もずいぶん無駄にしたのに、実のところ、定まっていた運命は少しも変わっていないとは、思いもしないのだ。災難は同じように訪れ、病気にもなり、最後にはやはり死ななければならない。

運命を変えるには、占い師に頼んで変えてもらうのではなく、本当に運命を書き換えようとするなら、自分自身を頼りにしなければならない。善行を多く積み、自ら福を求めれば、占ってもらう必要はなくなる。福があれば、おのずと力を貸してくれる人に恵まれ、健康、家庭、仕事、結婚なども望みどおりになる。他人にできることは、せいぜい傍らから気づきを促すことだけだ。善を行うには、自分自身が確実に実行し、常に心に留め、朝夕休むことなく続けなければならない。そうすれば、定まっていた運命も変わり、その人の生死簿も、そこから書き換えられるのだ!

阿玉、よく知っておきなさい。一生、体の健康に気を配り、規則正しい生活を送り、食事を節制し、十分な睡眠を取り、よく運動する人がいても、こうしたことによって、もともと定められていた寿命が延びることはない。定まった寿命そのものは変えられないのだ。もちろん、日頃からよく養生していれば、病気による体の苦しみは、おのずといくらか少なくなる。

実のところ、大多数の衆生は運命を大きく変えることができず、一生を通じて特に変わったこともないまま死へと歩み、業に従って、再びそれに応じた道へ流転していく。もちろん、どのような衆生であっても善を行い、たとえそれがごく小さく、取るに足りないように見える善行であっても、本心から他人のためを思って行うなら、将来得られる善い報いが非常に大きくなり、それによって自分の運命を変えることもありうる。定まった運命の軌道に影響を及ぼせるのは、大悪をなす者と、大善をなす者の二種類だ。大悪をなす者は、死後、真っすぐに落ちて地獄へ直行し、報いを受ける。一方、大善をなす者は、孝行によって天をも感動させ、人知れず広く徳を積み、苦しみや災難にある者を救う。その福報は限りなく増し、もともと定まっていた運命をも突き破って、少しずつ上へと進み、死後は天界に生まれ、幸福と安楽を享受することができる。

おまえが尋ねた、寿命を延ばしたいという願いについては、かなえることができる。ただし、延ばせる寿命には限りがあり、道理と正しい法にかなう形で求めなければならない。道理と正しい法にかなうとは、たとえば体の具合が悪く、肉体を養うために食べ物を補う必要があるときでも、自分の肉体を養うために、決して動物の命を傷つけてはならないということだ。天には、命を大切にする徳がある。衆生の命を傷つけて自分の命を養うことは、陰律が厳しく禁じ、排除している行為であり、寿命を延ばせないばかりか、命の借りを一つ負い、将来、悪い果報を招くことになる。寿命を延ばしたいと願う者は、まず必ず菜食を守るべきことを、肝に銘じなければならない。他の命を傷つけておいて、どうして長寿を得られようか。命を奪われれば、相手は必ず憤り、納得がいかず、必ず報復の機会をうかがう。だからこそ、菜食は寿命を延ばすための礎なのだ。さらに、大いなる慈悲心を起こし、すべての衆生を救い、苦しみから離れ、安楽を得られるようにしなければならない。大いなる菩提心を起こして、広くすべての衆生を救い導き、一生、菜食と放生を実践するのだ。本当にそれができれば、生死簿に記された寿命は必ず延びる。どれほど延びるかは、起こした志の大きさと、積んだ功徳の多さによって決まる。

私の手元にある生死簿にも、願わずして寿命を延ばされた人が一部いる。中には、衆生を救うという大きな志を起こしたわけではない、普通の人もいる。ただ、ひとすじの真心、人を助けたいという心から、道で不正な仕打ちを見かけたり、危機に直面したりしたときに憐れみを抱き、苦難にある衆生の命を一つ救ったのだ。このような者はみな、倶生神の定期的な報告によって、寿命を延ばされることになる。しかし、本人たちは自分の寿命が延びたことを知らない。このような場合、延びる寿命は通常6年から12年だ。陰徳をとりわけ厚く積んだ衆生は、一生ではその報いを享受しきれないことがある。その場合は、幾度もの生に分けて、長寿の報いを受けることになる。人間の寿命には定めがあり、陰律の賞罰が自然の法則を壊すことはない。」

そこで、私、阿玉は判官にもう一つ尋ねました。「仏陀は経典の中で、食事や睡眠を少なくし、さらには眠らずに修行するよう、人々を教え導いていますが、これは健康や寿命に影響するのでしょうか?」

判官は言いました。「仏は、宇宙の中で大いなる智慧を備えた修行者であり、私たちが歩む修行の道を、かつて一歩一歩歩まれた方だ。仏は自ら経験しているのだから、どのように人々を導いて、この修行の道を歩ませればよいか、おのずとご存じなのだ。仏がこのように人々を教え導いて修行させることは、健康や寿命に影響しない。寿命に影響するのは、身・口・意の三業で罪を犯すことや、生まれてから自分の体を大切にせず、むやみに暴飲暴食し、昼夜が逆転した生活を送り、感情を抑えられなくなるなどの原因だけだ。

食事や睡眠を少なくすることは、体を養ううえでとてもよい。実は、人は食べず、眠らずにいることもできるのだ。一念ごとの呼吸を大自然と響き合わせ、天人合一の境地に達することができれば、おのずと健康で長寿となり、食べず、眠らずにいられるようになって、生まれ変わる前の光明へと戻ることができる。ただし、普通の人にはできない。だから仏は、人々に順序を踏んで少しずつ進むよう教え、まず食事を少なくさせる。食事が少なくなれば、おのずと睡眠も少なくなり、さらに進んで眠らずに精進して修行するのだ。

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