おからを捨てたことを責める言葉
天の恵みをむやみに損なう者には、必ず災いが生じる。五穀を軽んじる者は、多く雷に打たれる。犬や豚が人と同じ物を食べることに、孟子は心を痛めた。酒を池とし、肉を林とするぜいたくによって、商の王は国を失った。それに、昔の人は酒かすやぬかさえ飲み込んだ。今、このおからのおいしさは、ぬかの比ではない。大士でさえ草や果実を食された。今、このおからの甘味に、草がかなうだろうか。どうして、富裕な家の放蕩息子のように、思うままにおごり、ぜいたくをするのか。おくるみに包まれた赤子のように、迷い、取り違えている。まずひき臼を封じて懲らしめを示し、その後は必ず鍋を砕いて、永久に禁じなければならない。(『雲棲大師遺稿』巻三)
10/仏のお言葉――美食に貪り執着し、食べ過ぎて満腹になれば、悪道に堕ちやすい!
仏は説かれました。「修行者には、道を滅する十一の因縁がある。これらを制すれば、人は悪道に堕ちない。識るべきでないものとは、万物をいう。第一は大会、すなわち大勢の人々との集まりである。第二は多食、すなわちさまざまな美食を食べること、また、食べ過ぎて満腹になることである。第三は多行、すなわち多くの営みにかかわることである。第四は多喧、すなわち言葉が多く、騒がしいことである。第五は眠り過ぎることである。第六は会聚であり、「禅中」をいう。第七は習行、すなわち多くの用事にかかわることである。第八は自分の身に愛着を抱くことである。第九は軽々しさ、すなわち法にかなわない言葉である。第十は貪り、すなわち欲が多いことである。第十一は善い所に住むことを好まないこと、すなわち悪人の中にいることである。道を修める者は、この十一の因縁を断たなければならない。そうすれば、速やかに道を得る。」(『仏説内身観章句経』)66
11/苦労して積み重ねた福と寿命が、たばこによってむなしく失われてしまう!
仏力の加被に感謝します! 白い蓮の花に乗って出発します!
阿弥陀仏! 私、阿玉は合掌して判官に礼をしました!
「判官、今日はたばこのことをお聞きしたいのです。多くの都市でたばこの広告を見かけます。少し栄えている都市ではまだよいほうで、広告に、たばこにはニコチンが含まれ、喫煙は健康を害すると明記してあったり、公共の場所で喫煙を禁じたりしています。それに対して、発展の遅れた都市では、飲食店やホテルのテーブルに灰皿が置かれ、どこでもたばこを吸う人を見かけます。陰律から見ると、喫煙は何らかの罪になり、罰を受けるのでしょうか?」
判官は言いました。「喫煙には害があまりにも多く、百害あって一利もありません。大まかに挙げるだけでも、自分の健康を直接損ない、福と寿命を減らし、財産を失い、人から好かれなくなり、口に異臭が生じ、身の光が暗くなり、隠れた病気がたびたび生じ、正気(せいき)67が不足することに加えて、環境を直接汚染し、他人の健康も害します。仏法を学び修める者であれば、護法の神々は離れ、浄土へ往生することができません。
陰律では、喫煙には相応の罰があります。たばこを吸う現世の人は、自分の福報を損ないます。この福報の損失には二種類あります。一つ目は、今生の血肉の体にある、すべての内臓のさまざまな働きを損なうことです。例えば、人にとって特に大切な内臓である肺、肝臓、脳、目、鼻、気管支、体の大小の動脈などは、喫煙によって急速に衰え、さらに、さまざまな内臓の慢性的な病気を引き起こすこともあります。このような喫煙による病気は、たばこをやめさえすれば、徐々によくなります。それまでの喫煙で失った福と寿命も、懺悔して福を積み、他人にも禁煙を勧めるなどして、取り戻すことができます。