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《阴律无情》

日本語 · 原书正文
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陰律は無情なれど、仏には情けあり

あるネット利用者から、なぜ陰律は「無情」なのかという問いがあった。陰律は因果とも言える。因果は変わることのない、宇宙の法則である。「無情」とは因果の必然性を指し、何によっても変わらず、このような因をまけば、このような果を得るということである。因果は三世にわたるため、必ずしも今生ですぐに見られるとは限らない。しかし、因果は真実であって偽りはなく、身分、地位、財産、名声、男女、老若、肌の色など、さまざまな違いによって、特例や相違が生じることはない。因果の前では衆生は平等であり、そのため無情とも言えるのである。

だが、陰律は無情なれど、仏には情けがある。因果の法則は変わらないが、善悪の果報がまだ形になっていない段階では、その間にあるものを縁と呼び、過ちを改めて善へ向かうことで転じることができる。諸仏菩薩は大慈大悲をもって、いついかなるときも倦むことなく、一切衆生に利益をもたらしておられる。それぞれの資質に応じて教え、縁に随って示し導き、絶えず正法の輪を転じておられる。それによって衆生は、苦を離れて楽を得るためのよりどころ、究極の解脱への道、速やかに彼岸へ至るための明かりを得られるのである。

今日の時代には、善行をなす人もいるが、因果を知らずに悪業をなす勢いのほうがいっそう強く、災難、戦争、疾病が頻発している。威神力、功徳力、慈悲力、善業力、回向力が合わさって働いても、それはなお対症的な対処にとどまる。根本から治めるには、一人ひとりが因果を理解し、邪を改めて正に帰り、悪を捨てて善に従うべきである。境遇は心に随って転じるため、諸仏は絶えず法輪を転じておられるのである。

『陰律無情』という書物が時と情勢に応じて世に出たのは、仏菩薩が衆生を憐れみ、慈悲をもってお取り計らいくださったからである。上官玉華先輩もまた、労苦をいとわず、勇んで重責を担い、心も力も尽くして人々のために働いてこられた。人々の中には、因果を知らずに業をつくり、何度諭されても聞き入れない者もいる。それでも仏菩薩は、衆生が苦しむのを見て忍びなく思われる。そのため、衆生に地獄の真相を見せ、心から懺悔して過ちを改める気持ちを起こさせ、まだ悪業をつくっていない人も、それを知ってつくらずに済むようにしてくださる。それは地獄の手前に最後の防衛線を設けたかのようであり、いわば地獄の門のところで、あなたが苦しみを受けに行かないよう、ここで引き止めようとするものである。いつでも、どこでも救い護ってくださる仏菩薩の恩を、いつ語り尽くすことができようか。あなたが『陰律無情』を読んで本当に懺悔し、過ちを改め、その後は二度と犯さず、広く伝え流布して、他人が改めるのを助けるなら、地獄の門はおのずと閉じられる。しかし、なおも聞かず、信じず、思うままに悪業をつくるなら、地獄の大門は自分の手で開かれ、誰にも止めることはできない。けれども、知っておいてほしい。そのとき、地蔵菩薩が地獄であなたに会われるとすれば、菩薩が望んでおられるのは、あなたが菩薩道を行じ、衆生を救うために地獄へ入ってくることであり、悪業をつくって報いを受けるために、再びあなたに会うことではないのだ!

皆さん、どうかご自愛を! 阿弥陀仏!

道嵐 謹んで合掌

国を護り民を愛し、因果を明らかに理解する

人はこの世に生きて、いったい何をなすのか。苦しむ者はなすすべなく苦しみを受け、楽しむ者は福に頼って業をつくり、また苦しみを受ける。これを繰り返して定まることがない。因を知り、果を理解しなければ、せっかくの人の身を、むなしく過ごしてしまうのではないか。

印光大師はかつて護国息災法会で、国を護り民を愛するうえで肝要なのは、因果を深く信じること、菜食と放生、持戒と念仏などであると説かれた。印光大師はこう言われている。「今、世界が災厄に見舞われ、私たちがさまざまな災難を受けているのは、すべて過去の悪業が招いたものであり、それによって今の苦果を受けているのである。苦果を免れようとするなら、苦の因を取り除かなければならない。苦の因とは何か。貪・瞋・痴の三毒である。善い因とは何か。生き物を救い、人を利することである。一人ひとりが因果の道理を明らかに理解するなら、もろもろの悪をなさず、すべての善を行うので、災害はおのずと起こりようがなくなる。ただ、今の人は因果の道理を知らず、私欲が胸に満ち、あらゆる悪をなし、自分のことしか知らず、他人がいることを顧みない。因果とは、聖人が天下を治め、如来が衆生を救うための大本である。仏は言われた。『前世の因を知りたければ、今生で受けているものがそれである。来世の果を知りたければ、今生でなしていることがそれである。』また、『易』には、『善を積む家には、必ず子孫にまで及ぶ慶びがある。不善を積む家には、必ず子孫にまで及ぶ災いがある』とある。『書』には、『善をなせば、百の吉祥が降る。不善をなせば、百の災いが降る』とある。その道理は、わが仏の説かれた因果とまったく同じである。」国を護り民を愛する大師の真心と切なる思いは、紙面に生き生きと現れており、一句一句が真理を説き、一字一字に慈悲が込められている。55

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