法界のすべての有情が、生死から解脱し、三界を出離し、苦を離れて楽を得られますように!
法界のすべての有情が正法を聞き、清浄な戒律を守り持って成就を遂げ、その戒が明珠のように清らかで、汚れのないものでありますように!
私たちの母なる地球の磁場が、一日も早く劫の初めの均衡と調和を取り戻しますように。この文章を目にするご縁のあるすべての有情衆生が、身近な親族や友人へと次々に伝え、過去に五戒を守り持つことで得られた貴重な人身を大切にし、しっかり修行しますように。この暇満の人身を生かして、引き続き清浄な戒律を守り持ち、私たちの内なる自性の光明を高め、一日も早く解脱の彼岸へ至れますように!
私たちの霊性を光明へと向かわせましょう。すべての有情の霊性が光明に満ちれば、宇宙の大自然におのずから均衡がもたらされ、私たちも、大きな共業によるこれほど多くの天災に遭わずにすむでしょう。ですから、大宇宙全体のためには、まず自分自身を正しく整える必要があると言えます。自分自身が一つの小宇宙なのです。小宇宙は大宇宙に通じ、一はすなわち一切、一切はすなわち一であり、私たちには自他の隔てがなく、すべてが密接につながっています。ごく私的なことをしても誰にも知られない、と思ってはいけません。善悪の一念は、そのまま冥府の善悪記録簿へと直結しているのです。
仏菩薩は慈悲をもって、今日の世の衰えをご覧になっています。科学技術の発達によって、世の人々に豊かな物質がもたらされると、人心や思想は急激に悪くなり始めました。現代人の多くは因果を信じず、古い考えで時代に合わないものだと思っています。幼い子供でさえ、かつて劫の初めにあった人間の純良さを失っているのですから、大人はなおさらです。それが、昔の優れた孔孟の伝統や、四書五経の教育を失ったためだとは気づいていません。
現代人はみな、考え方や暮らし方が開放的です。たとえば、大型ショッピングセンターで売られているタンクトップやキャミソールのような服は、今では普通とされていますが、昔、女性がそのような服装をすることは到底ありえませんでした。今ではアダルトショップが至る所にあり、主な新聞売店に並ぶ新聞の内容や雑誌の表紙は、ほとんどがビキニや胸元を大きく開けた服装です。子供たちは毎日必ずそれを目にするので、悪いことを覚えまいとしても容易ではありません。仏菩薩は、世の中で霊性の教育がすでに深刻に欠けていることに気づかれ、衆生の霊性が衰えれば、災難が必ず次々に起こり続けることを案じておられます。世の中には、世のあり方を救おうとする情報や文章を絶えず発信し続ける善意の人々もいますが、衆生が悪を捨てて善に従わなければ、寿命が尽きたとき、必ず地獄に堕ち、あらゆる残酷な刑罰を受け尽くし、そこから出られる日はありません。
天帝は慈悲深く、多くの大地獄がすでに極度に満員となり、なおも増設を続けなければならない様子をご覧になりました。とりわけ邪淫地獄では、多くの幼い子供たちが苦しんでいます。それはみな、健全な考え方や因果についての教育が著しく欠けていたためであり、まことに人間界の衆生にとって大きな悲しみです! そこで天帝は特に仏に伺いを立て、この世の適任の弟子を一人、手配してくださるようお願いされました。その者は清浄な戒律を守る者でなければならず、必ず意識がはっきりした状態で地獄を見学し、その後、人間界に戻って一冊の本を書き、地獄の様子を詳しく記録して、この世の衆生に知らせるのです。その名は『陰律無情』とされました。本書は、地獄を見学するたびに、比較的わかりやすい言葉で書いています。また、書き終えるたびに修正を経て、実情に合っていると確認されて初めて掲載できます。一編の報告をきちんと書くために、私、阿玉が何度も地獄を往復して内容を確かめなければならないこともあります。ですから、以前この世で広まっていた、扶乩2や憑依によって書かれた善書、あるいは夢の中での霊異体験を語ったものとは、まったく異なります。
天帝は、今回、前例のないこととして私、上官玉華に地獄の様子を世に公表させることで、世の人々に警告を与え、心を修めて本性を養い、それ以後は戒を破らず、罪も犯さないようになることを望んでおられます。そうなれば、寿命が尽きた後に地獄に入って刑罰を受ける可能性を、必ず大きく減らせるでしょう。こうした地獄の実相を次々に伝えて、より多くの人々が目を覚まし、邪を改めて正しき道に向かい、励んで善を行い、福を積むことができれば、以前につくった、地獄に至る悪因の報いを免れ、福に恵まれた地に生まれ変われるかもしれません。あるいは、女性から男性の身に転じることもあるでしょう。もちろん、詳しいことは、仏菩薩と因果によって具体的に定められる必要があります。
一つ一つの命には、必ず光明へ向かう階段があり、心から懺悔する有情衆生が着実に踏みしめて昇れるように残されています。それによって、善因をまけば善果を得、悪因をまけば悪報を受けることを、衆生にわかってもらうのです。因果応報は影が形に付き従うようなものです。報いがないのではなく、まだその時が来ていないのです!
少し前、仏は私、阿玉に教えを示し、地獄を見学してから戻って文章を書き、人々に因果を理解させ、清浄な戒律を受持させるようお命じになりました。まだ戒を守っていない人は、しっかりと戒を守ること。すでに戒を守っている人は、さらに一段上を目指し、絶えず自分を高めて、人々のためになることをより多く行う必要があります。