章別の審校注記 V2_C06
編者注
この対話は本書の宗教的見聞であり、歴史上の岳飛への実証可能な面談記録ではありません。秦檜・皇帝の責任、詞の作者、転生、冥府の軍務についての発言は、作中人物の言葉として保っています。戦争を共業とする説明によって、現実の戦争被害者の責任を推定したり、支援を差し控えたりしてはいけません。
「武穆」は岳飛の諡です。「尽忠報国」の四文字は中国語の原字を数えています。付録の詩詞は複数の作者の声であり、対話の岳飛の発言と同一の見解に統一していません。文征明の『満江紅』は、対話で岳飛作とされる詞とは別の作品です。故宮博物院の所蔵品の題名・作者の款識から、この詞題の「思陵」が宋の高宗を指すこと、満江紅が詞の調名であることを確認できます。同館の解説は、この詞が高宗の責任を批判していると説明しています。 https://dict.revised.moe.edu.tw/dictView.jsp?ID=164699&la=0&powerMode=0 https://digitalarchive.npm.gov.tw/opendata/Pub/Detail/2525?dep=P&mode=full
文征明の詞の本書表記には、同館の釈文と異なる字がありますが、本書の底本を黙って校訂してはいません。他の付録詩すべての初出・原刊本を独立に確認したわけではありません。「十二枚の金牌」は伝令の文脈にある語で、競技の金メダルという意味ではありません。詩の万里・三千字・十万兵などは数字を残しつつ、実測値の証明とは扱いません。「穿楊」は優れた弓術を表す比喩です。 https://dict.revised.moe.edu.tw/dictView.jsp?ID=125854&q=1&word=%E6%A5%8A
章別の審校注記 V2_C07
編者注
「百穀を食べると足が地面を離れない」という比喩は、『首楞厳経』巻第六にあります。CBETA収録本文では「地中百穀」ですが、本書の引用には「地中」がありません。訳文は本書の形を保っています。原経のこの段落は、生き物の肉やその体から得た物を食べたり身につけたりすることで結ばれる縁について述べています。光音天から来た人類の祖先や孟婆湯の説明は、判官がここで語る内容です。 https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T0945_006
第1027段の足や喉の病気についての説明は、作中の判官の言葉です。現実の病気から前世の行動や道徳性を判断する根拠にはなりません。また、ここに描かれた強制や暴力は、現実の人に行ってよいという意味ではありません。
章別の審校注記 V2_C08