彼岸やお盆は、一年の中で墓を訪れ、先立った人を思う身近な節目です。彼岸は春分・秋分を中日とする七日間、お盆は七月十五日や八月十五日を節目とし、その時期には改暦後の地域ごとの習慣が関わっています。中国の「清明(せいめい)」にも、祖先の墓を訪れる季節という意味があります。清明は二十四節気の一つで、太陽の一年の運行に沿う季節の区切りです。現在の暦ではおおむね四月初めに当たり、その頃を中心に墓参が行われます。墓を掃き、花や供物を用意することが、亡き親族を思う気持ちに、毎年繰り返せる時と形を与えています。
供えた物が亡き人へどう届くかについては、鬼道の平民区の問答に説明があります。判官によれば、住人は「触食」で食物の精を受け取り、一度でおよそ一年満ち足ります。その例が、年に一度の清明の供養です。供物には菜食、花、果物を挙げ、肉を供えることは鬼道の祖先の業を重くすると答えます。さらに、読経や念仏、徳を積む善行を祖先へ回向することで、養育の恩に応え、超昇を助けることができます。墓前で思い起こすことと、物を供えること、その後に善を行うことが、供養の中でつながっています。
手を合わせ、供物を捧げる
仏壇や墓前で手を合わせる合掌は、日本でも身近な礼の形です。原書にも、仏菩薩や天帝、祖先に礼をする場面があります。両手を合わせる「合十」、膝をつく「跪拝」、頭を地へ伏せる「叩首」と、動作にもいくつかの形があります。感謝なのか、祈りなのか、追念や別れなのかは、向き合う相手と礼の行われる場に結びついています。仏菩薩への礼には帰依や求法があり、祖先への供えには報恩や追念があります。土地を守る神への礼は、その守護の務めにも関わります。供養も、食物、花、香を捧げることに加え、修行を支え、経を読み、善行の功徳を回向することまで含んでいます。
礼を向ける先に置かれた位牌は、名前や名号によって、供養を受ける相手を示します。神龕は祀るための設備で、仏堂や廟はその場を設けます。「香火」は実際に香を供えることのほか、供養が続いている関係を表すこともあります。位牌に何と記され、誰が祀られているかにも意味があります。たとえば、家に以前からいて供えを受ける霊と、地域の守護を委ねられた土地神には、異なる来歴と務めがあります。祖先を偲ぶ位牌は祖先への追念に、嬰霊のための位牌は育つ日々を迎えなかった子への助けに関わります。後者については、第二十四章が自宅と清らかな仏堂の条件をさらに分けて説明しています。
昔の家族倫理を読む
家族についての問答には、「五倫」「八徳」「三従四徳」といった古い倫理の言葉が現れます。人とどう向き合うかという教えと、かつての社会が身分や役割に求めたものが、そこに重なっています。「五倫」は父子、君臣、夫婦、兄弟や長幼、朋友という五つの関係です。「五常」の仁・義・礼・智・信は、思いやり、道理にかなう行い、礼節、明らかな判断、誠実さに関わります。「八徳」も身につける徳で、孝・悌・忠・信・礼・義・廉・恥という並びがあります。悌は兄弟や年長者との付き合い、廉は清廉、恥は恥を知ることを表します。忠・孝・仁・愛・信・義・和・平を挙げる形もあります。関係の名が相手を示し、徳の名が、その相手にどのような心と行いで応えるかを示します。
「三従四徳」には、とくに昔の女性の役割を定める規範が表れます。三従は、結婚前には父に、結婚後には夫に、夫の死後には子に従うことです。女性は、その時々の男性家族に従う位置に置かれます。四徳は婦徳・婦言・婦容・婦功で、徳行、言葉遣い、身だしなみ、家での仕事に関わります。第二十五章の判官はこの規範に沿い、死別や離婚の後も独身を保ち、生涯貞節を守る女性を称えます。ほかに大きな過ちがない場合の善報には、昇天や「女転男身」が挙げられます。陰徳の三項にある、寡婦の貞節を守るのを助けるという教えも、この重視に結ばれています。孟婆の来歴は、別の側から古い家庭を描きます。生活の範囲を限られ、家族の葛藤の中で孤独に苦しむ女性たちの姿から、人が痛みを忘れられるよう助けたいという願いが生まれています。
「女転男身」は、女性から男性へ生まれ変わることを指します。古い叙述の「女身」「男身」は、尊卑や富貴、周囲からの扱いと結ばれ、社会での位置への評価も伴うことがあります。第二十九章で救われた父の来生は女性とされ、離婚や、真実を話しても信じてもらえない余報が残り、その中で修行と護法を続けて誓いを果たします。性別、受ける待遇、その後の行いが、それぞれに関わっているのです。家族についての説明は、役割や責任から、いのちが共に暮らす日々を迎えられるかという問題にも及びます。親子の縁を結んでも、出生を迎える前に別れが訪れることがあります。育つ時間を得られなかった子も、そのつながりの中にいる存在です。