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回向の願いと、往生・成仏への道
法事の読経に合わせ、亡き人の安らぎを願う時、回向は身近なものになります。自ら修めた善が、自分のもとにとどまらず、ほかの生命の苦しみを和らげる縁となるよう願うことです。その願いは亡き親族へ、さらにすべての衆生や、ともに仏道を成就する目標へも広がります。
助けを受けた後にも、生命の道は続きます。苦痛が一時止むこと、教えを聞くこと、心を改めること、次に生まれる判令を受けることは、それぞれ救いの段階を示します。再び人間に生まれること、天界へ上がること、浄土へ往生することには、それぞれ異なる行き先があります。煩悩や輪廻の束縛を離れることは「解脱」、悟りを成就して仏となることは「成仏」と呼ばれます。浄土への往生と成仏との関係には、宗派ごとの教えがあります。たとえば浄土真宗では、阿弥陀如来の働きによって浄土に生まれ、仏となる道として往生を説きます。原書で救われた父は再び人となり、願いを実行する修行を続けます。幼い生命の行き先も、自身の福と受け取る功徳によって変わります。誰が願い、誰が受け、どのような助けに至るかをたどると、回向の働きが具体的に見えてきます。
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閻魔と十王から広がる冥府の暮らし
閻魔像や十王図には、亡者が堂の前に進み、役人が審理し、鏡や帳簿が生前の行いを明らかにする姿があります。日本でも見られるこうした形象は、死後にも秩序と責任が続く冥府を思い描く手がかりになります。『陰律無情』では酆都大帝が冥府を統べ、十殿に後から二殿が加わり、城隍や土地公もそれぞれの職を担っています。
冥府には鬼道の一般住民の暮らしもあります。福の違い、住まい、食事、再び生まれる機会があり、ここでも生命はさまざまな境遇を生きています。投生を控えた者には、孟婆が醧忘台で前世の記憶を消す湯を供します。この手続きは冥府のもので、天界や仏国浄土にはありません。役人と住民、裁きと投生の営みを知ると、閻魔の周りには、生命の続いていく広い世界が見えてきます。
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